AI診断・遠隔医療の診療報酬・保険適用 現場で知っておくべきポイント
はじめに
AI診断や遠隔医療技術の発展は目覚ましく、医療現場への導入が加速度的に進んでいます。これらの新しい技術を日常診療に取り入れることは、医療の質の向上や効率化に貢献する一方で、その導入・継続には経済的な側面、特に診療報酬や保険適用に関する理解が不可欠です。多忙な医師の皆様にとって、これらの制度は複雑に感じられるかもしれませんが、技術を適切に活用し、持続可能な医療提供体制を構築するためには、避けて通れない論点と言えます。
本稿では、AI診断および遠隔医療における診療報酬・保険適用の現状と課題、そして医療現場で知っておくべきポイントについて解説します。
AI診断に関連する診療報酬・保険適用の現状と課題
現在、画像診断支援AIなどをはじめとするAI技術は、医療機器として薬機法の承認を得るものが増えています。しかし、AIそのものに対する独立した診療報酬点数は、確立されていません。AI技術は、既存の診療行為(例:画像診断判断料)を支援するツールとして位置づけられることが多く、その利用料や導入コストは、多くの場合、医療機関が負担する形となっています。
現状の課題
- 評価基準の難しさ: AIによる診断支援が、医師の診断能力をどの程度向上させるのか、あるいは診断プロセスをどの程度効率化するのかを定量的に評価し、診療報酬に反映させる基準の策定が難しい状況です。
- エビデンス構築の必要性: 保険適用や診療報酬算定には、その医療行為の有効性や安全性の確かなエビデンスが必要です。新しいAI技術の場合、臨床現場での大規模な検証や長期的な追跡データが不足していることがあります。
- 既存制度との整合性: 現在の診療報酬体系は、医師や医療従事者による直接的な行為に対して点数を設定している側面が強く、AIのような「ツール」の価値をどのように評価し組み込むかが議論されています。
- 迅速な対応の難しさ: 技術の進化は非常に速いですが、診療報酬改定は原則2年に一度であり、新しい技術をタイムリーに評価し制度に反映させることが難しい側面があります。
現場で知っておくべきポイント
現状では、AI診断支援システムを導入しても、それ単体で追加の診療報酬を得られるわけではありません。システムの導入コストや維持費用は、医療機関の経営判断として負担することになります。したがって、導入を検討する際には、コストに見合うだけの業務効率化、診断精度の向上による医療の質向上、あるいは患者満足度向上といった間接的なメリットを慎重に評価する必要があります。
遠隔医療(オンライン診療等)に関する診療報酬・保険適用
遠隔医療、特にオンライン診療については、2018年度の診療報酬改定で保険適用が始まり、2020年以降の新型コロナウイルス感染症拡大に伴い、時限的・特例的な措置が拡大されました。その後、恒久的な制度として見直しが進められ、2022年度、2024年度の改定でその枠組みが明確化されています。
現状
- 算定要件の整備: オンライン診療料やオンライン医学管理料などが設けられ、疾患や診療内容に応じた算定要件が定められています。例えば、初診でのオンライン診療は特定の疾患や診療に限定される、対面診療と組み合わせる必要がある、情報通信機器の基準を満たす必要がある、などが要件に含まれます。
- 対面診療との組み合わせ: 多くのケースで、オンライン診療は対面診療を補完・代替するものとして位置づけられており、完全なオンラインのみでの対応には制限があります。
- 情報通信機器の基準: セキュリティやプライバシー保護に配慮した適切なシステムの使用が求められます。
現状の課題
- 疾患制限や要件の複雑さ: 算定要件が疾患や病状によって異なり、医師が全ての要件を正確に把握し遵守することが負担となる場合があります。
- 技術的な課題: 患者側の通信環境やITリテラシーの差、医師側のシステム運用負担などが、普及の障壁となることがあります。
- 対面診療とのバランス: どこまでオンラインで完結させられるか、対面診療に切り替えるべきかの判断基準や、その際の連携の円滑さが課題となります。
現場で知っておくべきポイント
オンライン診療を導入・実施する際には、厚生労働省が定めるオンライン診療に関する指針や、診療報酬に関する告示・通知を十分に確認する必要があります。特に、算定可能な疾患、初診・再診の要件、情報通信機器の基準、処方に関する制限などを正確に理解しておくことが重要です。また、これらの情報は定期的に見直されるため、最新の情報を常に確認する体制が必要です。保険診療として適切に算定するためには、カルテ記載も通常の対面診療と同様に詳細に行う必要があります。
今後の展望と医師が注視すべき点
AI診断や遠隔医療に関する診療報酬・保険適用は、今後も技術の進展や医療ニーズの変化に合わせて見直されていくと考えられます。
- AI技術の評価: AIが医療にもたらす付加価値をどのように評価し、診療報酬体系に組み込むかについての議論は今後も続くでしょう。タスクシフト・シェアへの貢献や、診断の標準化・均質化といった側面が評価軸になる可能性も考えられます。
- 遠隔医療の拡充: 疾患制限の緩和や、精神科領域、リハビリテーションなど、適用範囲が拡大する可能性があります。また、オンライン服薬指導や訪問看護との連携など、多職種連携における遠隔医療の役割も重要になります。
- データ活用との連動: リアルワールドデータやAIを用いた分析結果が、将来的に診療報酬の評価や患者へのインセンティブ付与と連動する可能性も指摘されています。
医師の皆様は、これらの技術動向だけでなく、関連する国の政策動向、特に診療報酬や保険適用に関する情報を継続的に収集し、ご自身の診療科や医療機関における影響を予測し、必要な対応を検討していくことが求められます。学会活動や、この分野に特化した情報発信メディアなどを通じて、最新の情報を入手することが有効です。
結論
AI診断および遠隔医療技術は、今後の医療提供体制において中心的な役割を担う可能性を秘めています。これらの技術を現場で有効に活用するためには、技術そのものの理解に加え、診療報酬や保険適用といった経済的・制度的な側面を深く理解し、変化に対応していく柔軟性が不可欠です。
現状ではまだ発展途上の部分も多いですが、今後の診療報酬改定において、これらの新しい技術がどのように位置づけられるかを注視し、自院での導入・活用戦略を立案する際の重要な要素として考慮に入れるべきです。日々の診療でお忙しい中ではありますが、こうした制度面の最新情報を得る努力が、将来にわたる医療提供の質の維持・向上に繋がるものと考えられます。